ハロー、マイネームイズモンスター、いつも置き去りなんだ。
「だんだん燃え尽きていくくらいなら、一息に消えたほうがまし」
――HEY,HEY,MY、MY(OUT OF THE BLUE)
ニールヤングのこの曲が売り出された年に僕はうまれて、もう二十八歳になった。
ロックスターならばとっくに死んで伝説になっている年だ。ジミ・ヘンドリクス。ジム・モリスン。カート・コバーン。ブライアン・ジョーンズ。みんな二十七歳で死んだ。ある者は事故で。ある者は自殺で。もしくは自殺のような事故で、この世から華麗にダイブした。脱出した。燃え尽きた。そして伝説になった。
僕は二十八歳で、まだ生きていた。燃え尽きてもいなかった。ただ生きていた。
握った拳はあれども下ろす場所も正しいやり方も知らなかった。知識として持ち得ていても実践していなかったという点において何もしていないのと同じだった。だいたい、握りしめた拳の中身はなんなのか正確に把握してすらいなかったのだ。
何を持ち得て、何をうしなったのか。
何が欲しくて、何を捨てきれないのか。
わかっていなかった。もしくはわからないふりをしていた。
だんだんに燃え尽きていくくらいなら、一息に消えたほうがまし――。
そんな潔さは僕にはなかった。
日常はくりかえされる悲劇だ。
そして同時にくりかえされる奇跡だ。
だいぶ残酷なことに。